1.生命の定義 【子らへ】

パパが大学で学んだことの中で、一番大切にしていることであり、その後は、生きる上で全ての考えの元になっているといっても過言ではない。

大学受験を控えた高校3年の初夏、「なぜ私は生きている/生きていくのだろう」と様々に悩み、考え、大学で生物学を学ぶことを決め、そして、そこで得られた答えである。

自らの存在について考えるとき、他の命を持つものについて考えねばならないとき、必ず思い出して欲しい。
これを起点にしていろいろと考えを巡らせて行って欲しい。
また、これらの全てを満たしていなければ、「生き物ですらない」ということになる。必ず心に刻んで欲しい。

「生命の定義」は、次の3つからなる。

・エネルギーを作り出すことが出来る
・子孫を残すことが出来る
・進化することが出来る

「エネルギ-を作り出すことが出来る」とは、栄養を取り、呼吸をして、燃やして(栄養と酸素を結びつけて)、エネルギーを生み出すことである。
個体を維持、成長させるための最も基本的なことだと思う。
これが出来なければ、既に死んでいるか、生命体ではなかったということになる。
逆に生きているのであれば、少なくともこれは出来ていると言える。

「子孫を残すことが出来る」
「進化することが出来る」※ただし、3番目は諸説あるらしい。
これらは密接な関係があるので、一緒に考えていこう。命は、伝えてこそ命である。
伝えるときに変化が起こる。それが進化である。
38億年前に生まれたといわれる生命が、延々と受け継がれ、様々に変化/適応して、その結果として今我らがいることを忘れてはならない。

子孫は我らが未来そのものだ。
どれだけがんばっても、その成果を享受する子らがいなければ、がんばる意味すらない(言い過ぎかもしれないが)。

受け継がれなくなったら絶滅するということだ。
君らが子を設けないと我が家系が絶える。それでも人間社会がなくなるとは思えないが、多様性がなくなる。それでは、生命として正しい道ではない。様々な個体がいるから、生まれるから、未来への様々な可能性も広がるのである。

不幸にして障害が降りかかり、その機能を失ってしまった場合においても、人間社会において出来ることはまだまだあると思う。養子をとる、募金をするのもひとつの方法だ。

こうした未来を作る意識がないのは、生き物として負けだ。
子孫を残すために、結婚という制度ができている。そして、そのために恋愛する。
それが王道である。他のどんな理由も、取って付けた言い訳にしか聞こえない。
できるのに「子供を設ける意思はない」なんてもってのほかである。
生き物であることを否定しているとも言える。

生命は、46億年前に生まれた地球の上に、38億年の歳月をかけて現在の、「奇跡」とも言える、これら3つを実現させるための仕組みを作り上げてきた。この奇跡が全ての生命体(動物、植物、バイキンでさえ)に備わっている。
だからこそ「命が尊い」のだと思う。

この記事について

このページは、Shu M.が2008年10月29日 12:35に書いた記事です。

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